社員旅行の温泉宿でふすま越しに同期既婚男に腹に2回ぶっかけられた31歳人妻OL

山あいの温泉宿、消灯十一時。私(31歳・既婚四年目)と同期・修一郎くん(既婚・奥さんは同じ会社の総務)の部屋を隔てるのはふすま一枚と廊下挟みの同僚の寝息だけ。『いま、いい?』──三文字のLINEから始まった、声を殺して下腹に二度出された人妻OLの告白。

社員旅行の温泉宿でふすま越しに同期既婚男に腹に2回ぶっかけられた31歳人妻OL

廊下の常夜灯は、緑がかった白だった。

その光が、私の素足の甲を青っぽく染めていた。廊下板は冷たくて、少しだけ濡れているような気がした。さっき大浴場から戻ってきた誰かの足跡だ。私は壁際を、息を殺して三歩だけ進んだ。三歩で済むはずだった。修一郎くんの部屋は、私の部屋の隣だから。

「いま、いい?」

三文字のラインを受け取ったのは、消灯から十二分後だった。私はすでに浴衣の帯を結び直していた。そういうものなのだ、と思う。返事を打つよりも先に、私は身体の支度をしていた。

ふすまの前で、私は一度だけ振り返った。誰もいない。廊下の突き当たりの避難灯だけが、緑色に滲んでいる。

――

時間を、少しだけ巻き戻す。

社員旅行の行き先が決まったのは、半年前の四月。山あいの古い温泉宿、貸切で二棟。総勢三十二名。幹事は人事の若い子で、宴会場の配膳図を回覧で回しながら「畳の部屋がメインなので、足元気をつけてくださーい」と人懐っこい声を出した。

私は三十一歳、企画部の主任、結婚四年目、子供はまだいない。

夫の修平とは大学のサークルで知り合って、卒業して三年付き合って結婚した。喧嘩らしい喧嘩はしたことがない。それは仲がいいからじゃなくて、たぶん、お互いに「波風を立てない」という暗黙の契約を守っているからだ。最近、夫の出張は増えていた。私の残業も増えていた。家のリビングのソファに、二人並んで座る時間は、月に四晩あればいい方だった。

修一郎くん――同期入社の坂東修一郎は、別部署の主任で、私の半年遅れで結婚した。奥さんはうちの会社の総務にいる。同期会で何度か顔を合わせたことがある、目の細い、よく笑う、髪を低めにまとめた人だ。良い人だと思う。本当に、良い人だと思う。

社員旅行のバスの中で、たまたま隣の席になった修一郎くんと、私は二時間ぶん、家庭の話をした。出張で家を空けがちな夫の話、子供を作るタイミングの話、休日のスーパーで何を買うかの話。「うちもだよ」「うちもそう」「うちも、最近そうかも」と、私たちは三十分おきに同じ相槌を打った。

バスが宿に着いた時、私たちは「あー、家のこと話して逆に疲れたね」と笑った。笑いながら、私は、この人とはたぶん、もう少しだけ近くにいられる、と直感した。

その直感を、私は宴会場の片隅で、確認することになった。

宴会場の刺身の盛り合わせの前で、修一郎くんはお猪口を持ったまま、ふっと低い声を出した。

「葛西さん、部屋どこ?」

「えっと、二階の、奥から二番目の角」

「俺、その隣」

「……ふうん」

「ふうんって」

「いえ、別に。何も」

「……うん。何もないよね」

何もない、という言葉が、その夜の私たちの、最初の約束になった。

――

消灯十一時。

宴会のあと、私は同じ階の女子組三人と二次会のつもりで一つの部屋に集まり、ビールを飲み、誰かの結婚式の話と誰かの離婚の話を聞いて、十時半に解散した。自分の部屋に戻って、浴衣のまま布団に座って、私はスマホを伏せて置いた。伏せて置いたのに、画面が下から光る気がした。

十時四十八分。

ライン。

「いま、いい?」

返事は、打たなかった。打つ前に、私は帯を結び直した。指がほとんど震えなかったのは、たぶん、もう決めていたからだ。決めていた、というより、決まっていた、という方が近い。

そして私は、廊下の常夜灯の下を、三歩だけ進んだ。

ふすまの前で、もう一度、止まった。ノックは、できない。ふすまだから。声も、出せない。隣の隣に、別の同期が寝ている。彼の寝息が、廊下の方まで聞こえてきていた。低い、規則正しい、信頼できそうな寝息。

私は指の腹を、ふすまの縁にそっと当てた。

二寸――たぶん六センチくらい――を、音もなく引いた。

中から、薄い暖色の光が漏れた。床の間の小さな電球だけが灯っていて、修一郎くんは布団の上にあぐらで座っていた。浴衣の前は、ちゃんと合わさっていた。顔は、笑っていなかった。たぶん、私の顔も笑っていなかったと思う。

彼は人差し指を、自分の唇に当てた。

私は頷いた。

そのまま身を滑り込ませて、ふすまを、また二寸だけ閉めた。完全には閉めなかった。完全に閉めると、音が出るから。

――

それから先、私たちは、ほとんど声を出さなかった。

代わりに、温度で会話をした。

最初に触れたのは、彼の手のひらだった。私が畳の縁に膝をついた時、彼が手を差し伸べて、私の手の甲に重ねた。指の隙間に、彼の指がゆっくり差し込まれた。指の又の薄い皮膚に、彼の指の節が当たった。それだけで、私の喉の奥が、ふっと熱くなった。

彼の手のひらは、想像していたよりずっと熱かった。さっきの大浴場の名残かもしれないし、ただ緊張しているだけかもしれない。けれど、その熱が、私の手のひらに移ってきた瞬間、私は自分の手も同じくらい熱くなっていることを知った。

私たちは無言で、額をくっつけた。

額と額のあいだ、たぶん一センチ。彼の前髪の先が、私の眉に触れた。彼の睫毛が一度、二度、瞬いた。その睫毛の影が、私の頬骨の上に落ちた気がした。私が「気がした」と思ったのは、それくらい暗かったからで、それくらい近かったからだ。

唇は、すぐには重ねなかった。

彼の唇が、私の頬の、耳のすぐ手前に触れた。触れて、止まった。離れなかった。離れないまま、彼の鼻先が、私の耳の輪郭をなぞるように下に降りた。耳たぶの裏で、彼の息が、初めて声になった。

「……葛西」

苗字で呼ばれた。

それが、たまらなかった。

普段会社で呼ばれている呼び方そのもの。家でも、夫からはこの名前で呼ばれることはない。社員旅行の夜、隣の部屋で、同期の口から、社内の呼び方で呼ばれること。その距離感の、絶妙な、いやらしさ。

私は答える代わりに、彼の浴衣の襟の合わせに、指を差し込んだ。

――

浴衣を脱がせる、という動作は、最初の一手だけが難しい。

帯の結び目を一度だけ緩めると、あとは、布が勝手に滑り落ちていく。修一郎くんの浴衣の前を開いた瞬間、私の手のひらは、彼の胸の中央に直接置かれた。胸毛は薄くて、心臓の鼓動が、皮膚越しに、こく、こく、と私の手のひらに伝わってきた。私の心臓も、たぶん、同じテンポを打っていた。

彼は私の浴衣の帯に、自分の手をかけた。けれど、解く前に、一度、止まった。

「……いい?」

声を、ほとんど唇の形だけで作っていた。

私は頷いた。頷いた拍子に、自分のうなじから、髪が一房、肩に落ちた。

帯がほどけた瞬間、私の浴衣の前が、ふわ、と開いた。下着は、白の、何の飾りもないシンプルなもの。出かける前、夫のいない部屋で、私はわざわざ無地のものを選んできた。何かが起きると思っていたわけじゃない、と自分に言い聞かせながら、無地を選んだ。その嘘を、私は今夜、ばらされている。

修一郎くんは、私の鎖骨に、唇を落とした。

押し付けるキスじゃない、ただ、唇の形を確かめるような、置くだけのキス。鎖骨の窪み、首の付け根、肩の縁。順番に、置いていく。置かれるたびに、私は息を吸う場所を変えなければならなかった。鼻からか、口の端からか、喉の奥からか。どれを選んでも、声になりそうだった。

隣の部屋から、寝息が聞こえた。

ぱた、と私の心臓が一度、強く跳ねた。声を、出してはいけない。寝息は規則正しいまま続いていた。あの同期は、たぶん、明日も明後日も、何も知らないままバスで隣に座る。

その確信が、私の身体の、奥の方の鍵を、もう一段、緩めた。

――

私たちは、布団の上で、立場を一度、入れ替えた。

最初は彼が私を畳の上に組み伏せて、肩から胸の上までを、唇と舌でゆっくり辿った。乳房の縁、輪郭、それから、先端。先端は吸わなかった。ただ、舌の側面を当てて、転がさず、押さえず、ただ、温度だけを移してきた。それだけで、私の腰が、布団の上で、ふ、と浮いた。

我慢ができなくて、私は彼の手を取って、自分の腰の下の方へ導いた。下着の縁に、彼の指が触れた瞬間、彼は短く、息を吸った。

「……葛西、もう」

「言わないで」

「言ってない」

「言いそうだった」

私たちは、ふ、と同時に小さく笑った。声を立てない、口の中だけの笑い。それが妙に、夫婦みたいだった。夫とこんな笑い方をしたことは、ない気がした。

彼の指は、下着の上から、ゆっくり、円を描くように動いた。布越しの、もどかしい接触。けれどもどかしいのが、その夜の正しい速度だった。私たちは急いではいけなかった。急いだら、ふすまの向こうに、音が漏れる。

下着の縁を、彼が指でくぐらせた時、私の身体は、自分でも信じられないくらい、すでに準備を終えていた。

「ね、ちょっと、入れ替わろう」

私は囁いた。

身を起こして、彼を布団の上に仰向けにした。浴衣の前は完全に開いて、彼のものは、もう完全に形を変えていた。私は彼の腰の上に膝を立てて跨ぎ、自分の下着を、片側だけ、ずらした。

入る瞬間、私たちは、二人とも、息を止めた。

奥まで収まりきった時、修一郎くんは、両手で私の腰を掴んだ。掴んだまま、しばらく動かなかった。動けなかったのかもしれない。私もまた、動かなかった。動いたら、声が出てしまう確信があった。

そのまま、私たちは、たぶん一分、二人で息だけをしていた。

息を吸って、吐く。それだけのことが、こんなに官能的になりうるとは、私は三十一年生きてきて、知らなかった。彼のものが、私の内側で、二度、脈打った。それに合わせて、私の内側も、二度、応えた。

「……動くね」

私は囁いた。

ゆっくり、腰を前後に倒した。畳の目に、私の膝が沈むのが分かった。膝頭の少し下の、薄い皮膚に、畳の縁の感触が、点線のように残った。明日の朝、その点線を見て、私はきっと、今夜のことを思い出すだろう、と思った。

修一郎くんは、声の代わりに、私の片手を握った。指を絡めて、強く握って、それから、私の手のひらを、自分の口元に持ってきた。彼の口の中に、私の人差し指の腹が、ふっと収まった。彼の歯が、私の指を、軽く噛んだ。

その甘い痛みで、私は、一度目を、迎えた。

声は、出さなかった。出せなかった。代わりに、内側が、ぎゅう、と彼を締め付けた。彼の歯が、私の指の上で、もう一度、震えた。

――

事後の宿の部屋は、いつまでも、暖色の電球の色をしていた。

私たちは並んで布団の上に転がって、しばらく、何も話さなかった。彼が、ぽつ、と短く言った。

「……バス、明日、隣に座らないようにしようね」

「うん」

「俺、奥さんと座るから」

「うん。私も、別の同期と座る」

「ね、葛西」

「ん」

「ありがとう、じゃない」

「うん。ありがとう、じゃない、よね」

何の言葉でもないけれど、それが、今夜の私たちの、最後の業務だった。

私はふすまを、また二寸だけ開けて、廊下に出た。常夜灯の緑色は、行きより少し、淡くなっていた。自分の部屋に戻って、布団に潜り込んで、私は浴衣の帯を、もう一度、結び直した。

――

翌朝のバスで、修一郎くんは、約束通り、奥さんの隣に座った。

奥さんは目の細い、よく笑う、髪を低くまとめた人だ。バスの通路を挟んで、私は別の同期の女の子と並んで座って、観光地のパンフレットを広げた。途中の休憩のサービスエリアで、奥さんは私に飴を一個、くれた。「これ、美味しいですよ」と笑った。私は「ありがとうございます」と笑い返した。本当に、良い人だと思った。

帰りのバスの中で、私はその飴を、口の中で、ゆっくり溶かした。

――

半年後。

私は、企画部の主任のまま、家の近所のスーパーで夫と買い物をしている。修一郎くんとは、社内ですれ違うと、軽く頭を下げる。それ以上の連絡は、お互い、しなかった。

たまに、ふと思い出すのは、ふすまの二寸の隙間と、廊下の緑色の常夜灯と、畳の縁が膝に残した点線と、私の指を噛んだ彼の歯の感触だけだ。

夫は、何も気づいていない。私の浴衣を、夫が見る機会は、もうないかもしれない。私はそれでいいと思っている。あの夜は、ふすま一枚の向こうに置いたまま、開けないでおきたい。

ただ、来年の社員旅行の行き先が、また山あいの温泉宿だったら、と思うことがある。

思うだけだ。思うだけで、私は今夜も、夫の隣で、規則正しく寝息を立てる練習をしている。

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